98年11月22日 : ときわスケートセンター


  初めて苫小牧での練習に参加した。Sきっぷを買い、特急北斗に乗って、はるばる 来たぜ、苫小牧。それというのも、この日は”とまこまい市制50周年記念イベント”であり、 「第30回全国ボランティア研究集会 北海道集会」の苫小牧フィールドワーク。いつもとは趣が違う。 いわゆるチームのための練習ではなく、苫小牧市民や全国のボランティアの皆さんにアイススレッジ ホッケーを観てもらい、実際に体験してもらうための1日なのである。
 色んな人がいたなぁ。参加者のほか、中学校の写真部らしきカメラを持った少年達と引率の先生。 UHBのカメラ。スタッフも入れるとけっこうな大人数。
 大村監督によるチームと選手の紹介、アイススレッジホッケーの簡単な説明のあと、まずは チームの練習を見てもらう。カメラのフラッシュがあちこちでたかれ、参加者は皆、フェンス際に 鈴なりである。
 須藤 選手のスレッジが出来あがっていた。バケットもブレードもフレームも、全部 おニュー。どうも体が流されてしまうらしく、しっくりこない様子。田中 選手も ブレードを長めに変えたが、いつもと滑りが違うようである。羽田野さんは選手の滑りを見ながら、 気になるらしい。選手に話を聞いたり、調整したり。
須藤さんのブレードの位置を調整する羽田野さん
 次にメイン・イベントのスレッジ体験。参加者を5班に分け、予め用意されていた予備の スレッジに乗ってみる。選手と一緒にリンクを一周したり、パックをパスしながら滑ったり。 とりわけ女の子には、みなさん優しい。
 時間があったので、希望者は、みな体験できたようである。譲り合ったり、「いや、私は 観てるだけでいい。」という人も中にはいたが、観てるより、乗ってみるほうが絶対 面白い。これは、はまるかもしれない。
スレッジに乗るのを手伝う石塚 氏 体験の雰囲気
 そう。とうとう私もスレッジに乗ってしまった。デビューである。今日は正式な参加者が滑る日 だから...と思って遠慮していたのに、余ったスレッジに勧められるまま乗っかってしまったが最後。 スティックも持たされずに後ろから押される、幅寄せをくらう、前を引っ張られる、前を持ち上げられる...。完全にオモチャである。
 しかし、スティックをもらって漕いでみると、これが楽しい!こうなるとは予想していなかったので、 とても不向きな格好で参加してしまった。動きにくい。しかも、バンドで固定していないので こけるわけにいかなかった。「明日はジャージ!」と宣告される。もちろん、そのつもりである。
 当面の課題は、止まる・曲がる。そして、将来的にはパックを扱えるようになること。ボディー・チェックもしてみたい。(されてみたくはない。)数が足りないんなら、練習に私も混じっちゃおうかなぁ〜...なんて、よくないことを考えてしまった。いかん、いかん。今日の様子では、何をされるか わからない。
ターンを繰り返す須藤 選手  残った時間いっぱい、須藤 選手は新しい相棒とターンを繰り返していた。 そして時間になった時、彼は他の選手達が自分を置き去りにして、着替えを済ませ、 次の会場へ移動を始めていることに気づき、愕然としたのである。
 一行は次の会場へ移動して昼食、そして午後のパネル・ディスカッション。私は先約が あったためにバタバタと帰札したが、どうなったのかな?誰かリポートしてね。
 実行委員会の準備は周到であった。参加者にはパンフレット、使い捨てカイロ、軍手が用意 されており、私もパンフレットと軍手をもらって喜んだ。革の手袋では、スティックは持てない。
 そうそう。ホッケー用のグローブって、あんなにごついのに、簡単に穴が開いてしまうらしい。 みんな、色々自分に合ったものを探してくる。ゴーリーのグローブに至っては、スティックを 持たない手の方に鋲(スパイク)がついている。下手に漫才のつっこみ(「ええかげんにしぃや!」) なんかやられたら、流血の惨事か。
 冗談を言っている場合ではなかった。配布されたパンフレットは大変良くできている。そもそも 障害とは何か、ということから、アイススレッジホッケー、パラリンピック(かなり詳しく解説)、 知的障害者のスポーツ大会、全国身体障害者スポーツ大会などについて記述がある。ぜひ、家に帰って からでも、じっくり読んでもらいたい。
 おまけだから、スケート靴も履かずに、ほうきでボールを掃いてゴールする ”ホーキングホッケー”の画像をお見せしましょう。本当はアイスホッケーと同じくらいの 人数でやるらしいのですが、20〜30人がリンクの中を埋め尽くしていて、 ちょっと怖かったぞ。 ホーキングホッケー


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